カレンダー

05 | 2017/06 | 07
- - - - 1 2 3
4 5 6 7 8 9 10
11 12 13 14 15 16 17
18 19 20 21 22 23 24
25 26 27 28 29 30 -

月別アーカイブ

閲覧する月を選んでください。

ブログ内検索

登録住所変更メールフォーム

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
  1. --/--/--(--) |
  2. スポンサー広告

思い出リレー vol.12

「ボクが中央高校に入ったワケ(下)」
2004年度卒業 単位制 男性 15歳(入学時)

 
 中央高校は後ろ向きな理由で選んだ学校でした。自分の居場所がないと感じていた当時の私にとって、地元の皆と同じ高校への進学は選択肢にありませんでした。
 
 友達はもう要らない。誰とも関わりたくはない。逃げるように選んだその場所で、自分の殻に閉じこもり、塞ぎこんだ毎日。その当時の記憶があまりないのは、そのせいなのかもしれません。
 
 そんな中で、同じ目線で接してくれる友達ができて、必死に理解してくれようとして味方になってくれた先生がいて。当時、医師の反対を押し切って修学旅行に行くことができたのは、「私が責任を持って面倒を見ます」そういってくれた先生がいたからでした。
 
 その後、その先生の呼びかけで、文化祭で和太鼓を演奏することになり、毎日の練習の中で少しずつ自分というものを出せるようになっていったように思います。演奏後、皆で輪になってそれぞれが自分のことを語り合った日のことは今でも忘れません。どうして中央に来たのか、これまでに何があったのか。感極まって泣いている子もいました。私も自分のことを吐き出して、ぼろぼろと泣いてしまいました。
 
 立場は違えど、同じような傷を抱えていることを知ったとき、こんな自分のために泣いてくれる子を見たとき、自分の中で何かが変わった気がしました。その時、現実から目を背け、逃げ出すように選んだ中央高校で、前に向かって進んでいる自分に気が付いたのです。
 
 その後、文化祭で演奏したメンバーの中から有志で太鼓同好会を創部。今思い返すと、私の高校生活はここから始まったのかもしれません。8階格技室。練習場所になったこの場所は、私がずっと求めていた場所でした。友達、仲間。ずっと欲しかったもの。でもそれは気付かなかっただけで、退院したあの日も、今も、目を開けばずっと近くにあったものでした。
 太鼓同好会。それは私の居場所であり、中央高校と出会った意味であり、自分が生きているんだという証と感謝の思いを打ち鳴らす場でした。
 
 
 深い深い山を越えて、伝えたかった想いがある。
 
 打ち鳴らす音色。
 それは響き渡る鼓動のように。
 
 奏でる音色。
 それは吹き渡る風のように。
 
 君の心へ。その心へ。
 
 ありがとうよ“響”け。
 

 
 何も変わらないだろうと諦めていた高校生活は、私の何かを変えてくれました。本当は自分でもわかっていたんだと思います。だけど理解しようとしなかった。認めるのが怖かった。中央高校と出会ったことで、自分の中の過去と向き合い、少し強くなる事ができたように思います。
 
 今過ごしている時、これまで過ごしてきた時、そしてこれから過ごすであろう時。限られたなかで自分に何ができるのか。中央高校に入ったワケをずっと伝えたいと思っていました。私は今、生きているのだから。
  1. 2011/12/11(日) |
  2. 思い出リレー

ブロとも申請フォーム

メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:

facebookページ

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。