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趣味遊々:食跡をたどって(1)

趣味遊々~同窓会コラム~ vol.8
食跡をたどって
 第一回 横浜にて
 
 決して洗練されてない、素朴な中華菓子。横浜中華街の商業区と居住区を隔てる「関帝廟通り」沿いの店で買い求めた。
 ここの菓子を口にすると、初めてこの街を訪れた頃のことを思い出す。あの、全てが輝いて見えた頃のことを。
 
 2年ぶりの中華街。午後8時、大通りを往くと「食べ放題」や「バイキング」と記した派手な看板がいくつも目に入る。この類の店は、前回訪れた際には数軒しかなかったのに、いつの間にか大増殖している。多様化と不景気が進捗する、現代日本を表しているかのようだ。
 行き交う人も少なく、呼び込みの従業員もまばらで、街には活気が感じられない。先だっての地震が引き起こした原発事故の影響で、ここ横浜中華街だけで400人もの中国人が帰国して、一時は営業が覚束なかった店もあったそうだ。震災後の自粛ムードも影響しているのかもしれない。人気のない、きらびやかな町並みは、まるで空疎なテーマパークのようだ。
 
 18年前、私は始めて横浜中華街を訪れた。この街に足を踏み入れて、最も印象的だったのは「香り」だった。あたりに漂う、香辛料と線香が入り混じった香り。この、異世界の香りに魅せられ、私は足繁くこの街に通った。
 当時はこの時間に開いてる店も少なかった。灯が落とされ、半分シャッターが閉まった店内から、声高な中国語が漏れ出ていた。現在よりはるかに濃密な生活臭が、そこには漂っていた。
 関帝廟通りの菓子店。今はビルの1階にあるが、以前は傾いたバラック建ての平屋だった。店の奥では数人の職人がいて、様々な菓子をこしらえていた。私は中華街を訪れるたびに、この店でゴマ団子を買い求めた。他の店でもゴマ団子は売っていたが、揚げたてを売ってるのは、この店だけだったからだ。
 ひとつ90円のそれをかじりながら、私はあてどなく街を巡った。もちろん当時からここは一大観光地だったが、それでも生活の場としての中華街の姿もあちこちで見て取れた。
 
 そして現在。街の様子は大きく様変わりした。土地に根付いた古くからの店がなくなり、観光客だけを相手にした飲食店や土産物店が居住区にまで広がり、かつてより生活感が希薄になっている。
 しかしじっくりと街を巡れば、昔と変わらない光景も散見される。裏通りの小さな店で、当時と変わらず無愛想に鍋を振る親父の姿。いまだバラック建ての中華やで、名物の「モツそば」をすする、タクシー運転手。そして店が新しくなっても、変わらない菓子の味。
 
中華菓子
 
 目まぐるしく変わり行く時代のなかで、変わらないもの。それらと再会することで、初めてこの街を訪れた頃の自分を取り戻す。あの、全てが輝いて見えた頃の自分を。どれだけ時が経とうとも、あの頃の気持ちを忘れてはいけない。そう決意も新たに、懐かしの街を後にする。
 
N.T
  1. 2011/05/15(日) |
  2. 趣味遊々

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