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活動報告2012年3月

 皆さん、こんにちは。
 
 やっと暖かくなってきましたね。
 どうやら気温の変化が例年よりも1ヶ月ほど後にズレているらしく、梅や桜の花もいつもとは違うタイミングで咲いてしまっているようです。木そのものに影響がなければいいのですが、大丈夫でしょうか。
 
 3月14日、中央高校で卒業式が行われました。
 約150名の生徒たちが中央高校を卒業し、私たち同窓会の一員となりました。
 卒業生の皆さん、卒業おめでとうございます。
 
 さて、今年の会報ですが、あらかたの取材もおわり、原稿が書き上がってきました。
 そろそろ完成形が見えてきた、といったところでしょうか。作業もまた、編集や修正がメインになってきました。
 以前に当ブログで会報の先取情報を紹介しておりますので、気になる方はこちらもチェックしてください。
 →先取!同窓会会報情報2012!! vol.1
 
 来月は会報の制作状況を中心にお知らせしていきますので、どうぞお楽しみに。
 

 
4月の更新スケジュール
 
 第1週:4月1日(日)
  ・新年度挨拶
 
 第2週:4月8日(日)
  ・会報先取情報2
 
 第3週:4月15日(日)
  ・趣味遊々vol.29
 
 第4週:4月22日(日)
  ・会報先取情報3
 
 第5週:4月29日(日)
  ・4月活動報告
 
 公式ブログでは、これからも楽しいコラムや情報をどんどん掲載していきます。 
 同窓会や公式ブログへの意見要望は、「拍手」「メールフォーム」などから受け付けています。
 みなさんの声をぜひ聞かせてください!
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  1. 2012/03/25(日) |
  2. 活動報告

趣味遊々:大阪てくてく(3)

趣味遊々~同窓会コラム~ vol.27
犬も歩けば史跡にあたる
大阪てくてく

 
第3回「御堂筋」


 大阪てくてく第3回は御堂筋をご紹介します。
 大阪の大動脈とも呼ばれ大阪市内を南北に貫く御堂筋ですが、具体的にはどこからどこまでかご存知ですか?


 北は梅田の阪神前交差点から、南は難波の難波西口交差点までの間の道路が正しい「御堂筋」だそうです。
 距離にして約4キロメートル。
 梅田と難波って案外近いんだなぁと思いますね。


 さて「御堂筋」と聞いて思い浮かぶものはありますか?
 私が思い浮かんだのは「銀杏並木」「御堂筋パレード」「雨の御堂筋」でした(笑)
 それぞれ詳しく取り上げたい思いもありますが、もうちょっと真面目に御堂筋の名前の由来を取り上げます。


 どうしてこの道路が御堂筋と呼ばれるようになったのでしょうか?
 これは非常に単純な理由で「道の南北を結ぶように御堂(お寺のこと)があったから」なんです。


 そもそも御堂筋と言う名前は、大坂夏の陣のあった1615年(江戸時代・元和元年)の記録に既に見ることが出来ます。
 この頃は御堂筋ではなく「淀屋橋筋」と呼ばれることの方が多かったそうですが、御堂筋という名前でも既に呼ばれていたみたいですね。


 さて、名前の由来となった御堂を一つずつ見ていきます。
 まず一つ目は本町の駅より少し北側にある北御堂。


北御堂
淀屋橋~本町間にある北御堂



 北御堂と呼ばれていますがこれは通称で、正式名称は「浄土真宗本願寺派 本願寺津村別院」と言います。
 本願寺という名前からも分かる通り元々は現在の大坂城のある場所に「大坂(石山)本願寺」として建っていたお寺です。
 1496年(室町時代・明応5年)に建てられた大阪本願寺は非常に美しく、寺としてだけではなく、城としての機能も備えていたそうです。
 しかし10年も続いた織田信長との石山合戦に破れ、1580年に大坂本願寺は京都へ移転。
 残った人々が大阪に建てた大坂本願寺の別院が何度か移転を繰り返した結果この場所に落ち着き北御堂となりました。


北御堂本堂
訪れた日は本堂で行事が行われており読経の声が流れていた



北御堂より御堂筋を見下ろす
本堂から御堂筋を見下ろす




 さて次の南御堂は本町の駅から少し南に行ったところにあります。
 ここは寺としてではなく、併設されている御堂会館で様々なイベントが催されていることの方が有名かも知れません。


南御堂
本町~心斎橋間にある南御堂



 北御堂と同じように南御堂というのも通称で、正式名称は真宗大谷派難波別院です。
 こちらは北御堂より若く1595年(安土桃山時代・文禄4年)に豊臣秀吉から土地を贈られ建てられた大谷本願寺が元となっています。
 その後何度かの移転を経て今の場所に落ち着いたそうです。


南御堂本堂
本堂の前が駐車場になっているせいか、北御堂より現代的に感じる



 この「豊臣秀吉から」というところに私は歴史の面白さを感じます。
 織田信長によって追い出された大坂本願寺。そこに大坂城を建てた豊臣秀吉。豊臣秀吉に土地を贈られて建った南御堂――こんな風に並べてみると面白さが伝わりますか?
 昔々のことが今に繋がっていると実感する瞬間をもとめ、町をてくてくと歩いているのかも知れません。


 閑話休題。ところで北御堂・南御堂と並ぶと同じ系列の寺かと思いますよね。
 どちらも浄土真宗の宗派ではありますが、別の教義を掲げる別の団体です。
 しかし宗派に関係なく、二つの寺は大坂の町の人々に「難波の御堂さん」と呼ばれ親しまれていたようです。
 本町周辺の船場の町は豊臣秀吉の時代に大坂城城下町として整備され、大阪のみならず日本の商業の中心となって栄えました。
 その船場において多くの商人から「御堂さんの屋根の見えるところで、鐘の聞こえるところで商売するのが夢である」と言われたほど賑わっていたようです。


 南御堂にはその鐘が残っており今も本堂の脇に設置されています。
 これは大谷本願寺が建てられた1596年に鋳造された鐘で「大谷本願寺」との銘があるそうです。


南御堂の鐘
南御堂の鐘




 話は変わりますが、この南御堂の前にはこんな石碑があります。
芭蕉翁句碑
「芭蕉翁句碑」



 芭蕉といえば言わずと知れた俳人・松尾芭蕉のことですね。
 実は松尾芭蕉は1694年(江戸時代・元禄7年)に南御堂のすぐそばの旅館で病死したそうで、現在の大阪市中央区久太郎町4丁目の辺りと聞けば場所の分かる方もいるかと思います。


 車の絶えない御堂筋を歩きながら、300年余り前に松尾芭蕉も御堂筋を歩いて北御堂・南御堂を訪れていたのかな、と考えると車も人も両脇のビルですら少し遠のくような気分になりました。
 御堂筋を通る機会があればぜひ思い巡らしてみてください。


「旅に病んで夢は枯野をかけ廻る」芭蕉辞世の句





おまけ

南御堂にて
南御堂ではこんなイケメン坊主が出迎えてくれますよ(笑)



わんU・x・U

  1. 2012/03/18(日) |
  2. 趣味遊々

先取!同窓会会報情報2012!! vol.1

 5月上旬の発行に先取って、同窓会会報の内容紹介から制作状況までザックリ切り込んでご報告、それがこの記事!このコーナー!!
 
2012年同窓会会報 もくじ
・校長挨拶・代表理事挨拶
・先生方からのメッセージ
・懐かしの「あの先生」から一言
・特集「天満橋の歴史を歩く」
・クラブ探訪 茶華道部
・第18回同窓会総会懇親会ご案内

 
 今回の先取情報は、特集「天満橋の歴史を歩く」をご紹介します。
 一昨年の会報で好評をいただいた特集記事が帰ってきました。
 
 今年のメインテーマは「天神祭」!
 皆さんご存知の通り、京都の祇園、東京の神田に並び、日本三大祭とも呼ばれる天神様こと菅原道真に縁のある盛大なお祭りです。
 
 特集ページを作るにあたって、先日取材に行ってきましたのでその取材の様子をお伝えします。
 
 私たち取材チームは、まず中央高校前に集合しました。
 ルートの再確認と軽い打ち合わせを行い出発!
 まずは天満橋を渡って大川の北側へ。
天満橋
 
 天満宮に行く前にちょっと寄り道。川沿いの遊歩道を逆方向へ歩いて造幣局を目指します。
 まだ葉もついていない桜並木を、柵の外からぼんやり覗き見。風景もそうですが、やっていることもちょっと寂しい。
造幣局
 取材をしたのは土曜日なので造幣博物館もお休みです。はて、なぜ一般人の行きやすい土・日・祝日が休みなのでしょうか?
 行政の都合はさておき、ここからが取材本番。また遊歩道を歩いて次は天神橋へ向かいます。
 
 遊歩道の途中、ちょうど南天満公園のある場所に『天満青物市場跡』と記された石碑がありました。
 南天満公園は整備中なのでしょうか。ガタガタと工事車両がうなり、シャベルカーが地面を掘ったりしていました。忙しそうです。
 特に立ち入り禁止ではなかったので、てとてと近付いてパシャリッ!石碑の写真を撮りました。
天満青物市場跡
 天満青物市場というのは、江戸時代の大阪で野菜や果物の取り扱いを唯一許されていた市場だそうです。
 今の中央卸売市場みたいなものでしょうか。
 
 雑談を交えながら歩いていると、あっという間に天神橋へ到着。
天神橋
 天神橋の下をアクアライナーが通り過ぎて行きます。
アクアライナー
 出発してから一時間ほど歩き続けているので、チーム内からは休憩を求める声が上がってきました。
 しかし橋の上や道端に座り込むわけにもいかず、そのまま振り切って取材続行。
 北へ向かって歩きます。
 
 さて取材チームはこの後、天神橋商店街を通って天満宮へ入っていくのですが、今回はここまで。
 続きは、また次回ご紹介します。お楽しみに!
  1. 2012/03/11(日) |
  2. イベント情報

趣味遊々:食跡をたどって(3)

趣味遊々~同窓会コラム~ vol.27
食跡をたどって
 第三回 広島にて
 
 3年ぶりの広島。久しぶりに会う懐かしい顔ぶれは、けれども暖かく迎えてくれた。あたかも1ヶ月ぶりかのように「おかえり」と。
 
 10代後半、20代後半、合わせて6年間、働き・暮らした「第二の故郷」。食に関しても様々な思い出がある。広島の食を語るうえで欠かすことができないのが広島風お好み焼き、いわゆる「広島焼き」だ。
横長画像タイトル


 よく関西風のお好み焼きとどちらが美味しいかと問われるが、両者は全くの別物と言える。薄く焼いたクレープ様の生地の上に刻んだキャベツと豚肉を乗せ、これまた薄く焼いた卵焼きの上にひっくり返して蒸し焼きにする。それを炒めたソバの上に重ねて完成。ソバといっても焼きそば用の蒸し麺ではなく、ラーメン用の生麺を湯がいて使用する店が多い。故にラーメン屋を兼ねている店も散見する。

 ソースはたいてい、全国的にも有名な「オタフクソース」を使用しているが、一部で根強い人気を誇るのが「カープソース」。前者は酸味と甘味が際立ち、後者は濃厚なコクが特徴的だ。広島人はソースの幟を見て入る店を決めることもあるくらい、ソースにこだわっている。

 注文方法も独特だ。「お好み焼きください」と注文する人はいない。基本は「肉玉ソバ」でソバ抜きが「肉玉」。トッピングや具材の追加がある際には「肉玉ソバにイカ天、ネギかけ」というように注文する。

 店は街の至る所にあり、しのぎを削っている。そして暑かろうが寒かろうが、雨が降ろうが雪が降ろうが、変わることなく食べられている。

 あれは8年ほど前のこと。台風で停電になった日の夕暮れ時、ある店の前を通りかかると薄明かりが見えた。目を凝らすと、カウンターは満席で、それぞれの客の前にはロウソクが灯っていた。

 一枚の広島焼きが、幾人に力を与えただろうか。いかなる状況でも広島焼きを提供し続ける店と、求める客。まさに広島焼きは広島人のソウルフードとも言うべき存在だ。

 
 鮮やかな手並み、ソースの焦げる香り、ヘラの音。今日も店は活況だ。「大きな田舎」と地元民が自称する、この人情味あふれる街で。
 
N.T



趣味遊々過去ログ
食跡をたどって 第二回保存食を使った簡単レシピ
食跡をたどって 第一回横浜にて
  1. 2012/03/04(日) |
  2. 活動報告

平成24年3月1日新聞報道に関して

平成24年3月2日
同窓会会員の皆様
大阪市立中央高等学校同窓会
 
 平成24年3月1日付けでなされた大阪市教育委員会の処分により発覚いたしました,中央高校教諭の校内飲酒に関する不祥事問題はすでに皆様の耳にも入っておられることと存じます。
 
 同窓会としては母校の価値を著しく損ねる行為だと捉えて,改善を求める抗議文を提出いたしましたので,本文を公表いたします。
 
 卒業生の皆様,関係者の皆様にお願いです。どうか個別の抗議はお控え下さい。
 個別の抗議が入ることによって学校側は対応に追われ,通常業務や改善案の策定に遅れが出るのでは本末転倒です。
 今後の改善に期待をよせつつ,我々とともに暖かく見守って下さい。
 
 どうかよろしくお願いいたします。
  
大阪市教育委員会|教職員の懲戒処分について
読売新聞|教官室でパスタ作って赤ワイン飲んで…教諭停職
朝日新聞|高校の教諭、校内で飲酒70回、停職6カ月 大阪市教委


平成24年3月1日新聞報道に関する抗議文
 
冠省
 当職は大阪市立中央高等学校同窓会(以下「本会」という)の代表理事として,表題の新聞報道にかかる一連の事実(以下「本件」という)につき以下の通り厳重に抗議いたします。
 本件は教員による度重なる飲酒行為が直接の問題点ではありますが,教員個人の行為はもちろん断罪されるべき事ながら,単に本人のモラル低下だけとは言えず,市教委への報告を怠ったうえリークで公になってしまう後手対応や本人への厳重注意後の管理不行き届きなど,様々な問題点を抱えているものと考えております。
 本会は,言うまでもなく中央高校の長期的発展があってこそ継続できる任意団体であり,本来,創立20周年を祝うべき本年度の最後に,本件のような事件はともに衰退を招きかねないリスクとなるため大変遺憾であります。
 昨今の教育を取り巻く法的環境や,少子化等に伴う入学率低下,従来から抱える卒業率水準など,中央高校及び本会にとっては様々な困難に立ち向かわねばならない以上,このような事件が二度と起こらぬよう,徹底した防止策及び発生した際の対応策を見直していただき,真に教員が生徒及び卒業生から尊敬を受けるよう,襟を正していただきたいと存じます。
 最後に,平素は本会の運営にひとかたならぬご協力をいただいている身として感謝の言葉もありません。しかしながら,新聞報道をされるような事態を引き起こされては本会として看過し得ぬと判断し抗議しているところでございます。本会の意図するのは貴職の謝罪ではなく,中央高校の発展のための全教員の意識向上であり,具体的な改善や運営に関してこれ以上の干渉をするつもりはございませんし,ご報告を要求するつもりもございません。ひとえに母校を愛する心故の抗議ですので,何卒斟酌のほどお願いいたします。
草々
  1. 2012/03/02(金) |
  2. 活動報告

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